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名古屋高等裁判所 昭和43年(う)465号 判決 1969年2月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。

被告人から金五万円を追徴する。

原審および当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、名古屋地方検察庁豊橋支部検察官検事藤坂亮作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、要するに、原審が取り調べた証拠を総合すれば、本件公訴事実の証明は十分であるにかかわらず、原判決が、右事実を認めるに足る証拠がないとして、無罪の言渡をしたのは、証拠の取捨判断を誤り、ひいて事実を誤認したものである、というに帰着する。

そして、記録によれば、本件起訴状記載の公訴事実は、「被告人は、昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員総選挙に際し、愛知県第五区から立候補した福井勇の選挙運動者である三浦享助から、右候補者のための選挙運動を依頼され、その報酬として供与されるものであることを知りながら、同年一月一一日頃、豊橋市松葉町三丁目七七番地吾妻家旅館において、右三浦から現金五万円の供与を受けたものである。」(罪名、公職選挙法違反、罪条同法第二二一条第一項第四号)というのであり、原判決が右の公訴事実について、犯罪の証明がないとして、被告人に対し、無罪の言渡をしていることは、検察官所論のとおりである。

そこで、更に記録を精査し、原審および当審において取り調べたすべての証拠を仔細に検討するに、原審第二回公判調書中の被告人の供述記載部分、被告人の検察官に対する昭和四二年三月二五日付(ただし、記録第一六九丁以下第一七二丁までの分)、同年同月二六日付、同年同月三〇日付、同年四月四日付および同年同月八日付各供述調書、原審第三回公判調書中の証人三浦享助の供述記載部分、名古屋地方裁判所豊橋支部裁判官藤森乙彦の証人三浦享助に対する尋問調書、三浦享助の検察官に対する供述調書、原審第四回公判調書中の証人伊藤重郎の供述記載、原審第七回公判調書中の証人宮道精一の供述記載、原審第九回公判調書中の証人竹内八十八、同宮道精一、同浅野太一の各供述記載、竹内八十八、宮道精一、浅野太一の検察官に対する各供述調書、原審第一〇回公判調書中の証人後藤軍治の供述記載、原裁判所の被告人山本一二に対する公職選挙法違反被告事件の第四回公判調書中の証人後藤軍治の供述記載、原裁判所の被告人鈴木六郎に対する公職選挙法違反被告事件の第六回公判調書中の前同被告人の供述記載(ただし謄本)、浦野藤一郎の検察官に対する昭和四二年三月二五日付供述調書謄本、当審証人三浦享助、同大嶽吉松、同伊藤あさ子、同内藤績の当公判廷における供述、伊藤あさ子の検察官に対する昭和四三年七月一九日付供述調書、(ただし、右各証拠のうち、後記認定に反する部分は、たやすく措信できないので、これを除く。)を総合すると、

一、前掲公訴事実記載の三浦享助は、愛知県蒲郡市形原町西欠の上一五番地所在の三京繊維工業株式会社代表取締役をするかたわら、昭和三三年三月ごろ以降愛知県議会議員をしているものであるが、昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員総選挙に際し、竹内八十八、尾崎辰三郎らと共に愛知県第五区から立候補した福井勇の選挙運動員をしていたこと、

二、三浦享助は、昭和四二年一月九日ごろ、当時右福井候補の選挙事務所の置かれていた蒲郡市中央通り所在の市川登方二階において、前記竹内八十八、尾崎辰三郎の両名と福井候補の選挙運動につき協議した際、前同人らに対し、「この際、東三河地区選出の愛知県議会議員らに福井候補の選挙運動を応援協力してもらうためには、同県議会議員らに対し金員を供与しておいた方がよくはないか」との趣旨の提案をなし、右の竹内および尾崎は右提案に賛成し、その結果、右の三浦および竹内を除く、その余の東三河地区選出の愛知県議会議員一〇名に対し、それぞれ右の趣旨で、一人当り金五万円宛供与することとしたこと、

三、三浦享助は、右の協議に従つて、翌一月一〇日ごろ前記市川登方二階において、尾崎辰三郎から現金五〇万円を受取り、これをもつて、豊橋市松葉町所在の福井候補の選挙事務所に至り、同事務所の受付で薄茶色の封筒一五、六枚を貰い受け、同事務所二階に上り、右の封筒のうち一〇枚に、前記五〇万円を五万円宛分割して入れ、それぞれ封をして、これらを自己の背広のズボンの左尻ポケツトに入れ、一旦自宅に持ち帰り、翌一月一一日ごろ、当時桑原幹根愛知県知事のための同県知事選挙事務所が在つた豊橋市駒前大通り鈴木啓一方に至り、同所において、右五万円入りの封筒一〇通のうち、その一通を、その頃東三河地区選出の愛知県議会議員であつた後藤軍治に前記趣旨で供与し、同日午前一一時三〇分頃同市松葉町三丁目七七番地吾妻家旅館に至り、同所において、東三河地区選出の愛知県議会議員らによつて、右の愛知県知事を囲む昼食会が開催された際、同旅館二階において、当時東三河地区選出の愛知県議会議員であつた被告人を初め、鈴木六郎、宮道精一、浅野太一、山本一二、および浦野藤一郎の六名に対し、それぞれ前記五万円入りの封筒各一通を、「少ないけれど、一寸持つて来たで頼む」とか、「一寸ばかりだけどよろしく頼むよ」など申し向け、暗に福井候補のための選挙運動を依頼し、その報酬として供与し、同年同月二〇日ごろ、前記豊橋市駅前大通り鈴木啓一方において、当時被告人ら同様、東三河地区選出の愛知県議会議員であつた片山理に対し、前同様の趣旨のもとに、前記五万円入りの封筒一通を供与し、更に同年同月二二日ごろ、前同所において、右の片山同様東三河地区選出の愛知県議会議員であつた佐宗史量に対し、前同様の趣旨のもとに、前記五万円入りの封筒一通を供与し、残りの五万円入りの封筒一通は、これを三浦享助においてその頃所持しており、本件が発覚した後において、同人が弁護士費用などに費消したこと、

四、三浦享助から、前記の如く五万円入りの封筒を受けた被告人らは、いずれもその当時右の金員が、福井候補の選挙運動の報酬として供与されるものであることを十分に了知していたこと、

五、被告人および浦野藤一郎らは、そのころ三浦享助の求めにより、架空の「預り書」なる書面に署名して、これを同人に交付したこと、

六、三浦享助は、昭和四二年一月一一日ごろ、前記吾妻家旅館における東三河地区選出の愛知県議会議員による桑原愛知県知事を囲む昼食会の終了後、同日午後二時ごろ、竹内八十八と共に、同人の自動車で蒲郡市形原町北辻一七番地の自宅に帰り、同日午後五時三〇分ごろから同日午後八時過ぎごろまでの間、同市同町所在の形原温泉旅館木村館において開催された形原農業協同組合主催の新年懇親会に出席し、同夜は前記吾妻家旅館に行つていないこと、

が認められる。もつとも記録によれば、被告人は原審第六回、同第八回、同第一〇回および同第一一回各公判において、「自分は前記吾妻家旅館において、開催された東三河地区選出の愛知県議会議員による桑原愛知県知事を囲む昼食会には出席しておらず、したがつて、その会合の席で三浦享助から公訴事実記載のような金員の供与を受けた事実はない。自分が右の吾妻家旅館へ行つたのは、右の昼食会のあつた日の夜、豊橋市長らの主催で開催された前同知事を囲む晩餐会であつた」旨供述しており、原審証人本多元、同成瀬隆之は、原審第五回公判において、前記吾妻家旅館において東三河地区選出の愛知県議会議員によつて開催された前記昼食会の行われた日時ごろである昭和四二年一月一一日の正午ごろには、被告人は、被告人方にいて、右の昼食会には出席していなかつた趣旨の各供述をし、原審証人宮道精一は、原審第七回および同第九回各公判において、それぞれ「昭和四二年一月一一日には、前記吾妻家旅館において、昼夜二回に亘つて、桑原愛知県知事を囲む会合が行われ、夜の会合に被告人や三浦享助が出席していた」旨の供述をしたことがそれぞれ認められ、また当審証人平野賢治も当公判廷において、昭和四二年一月一一日ごろの夜前記吾妻家旅館において、桑原愛知県知事を囲む会合があつたかの如き趣旨の供述をしており、更に押収にかかる「知事日程」と題する書面(証第五号)中には、昭和四二年一月一一日午後四時から同日午後七時までの間豊橋市内において、桑原愛知県知事を囲む夕食会の会合が開催されることが、当時予定されていた趣旨の記載が存するが、被告人を初め、右各証人らの右各供述および右の「知事日程」と題する書面中の右記載内容は、原審第二回公判調書中の被告人の供述記載部分、被告人の検察官に対する昭和四二年三月二六日付、同年同月三〇日付、同年四月四日付および同年同月八日付各供述調書、原審第六回公判調書中の証人鈴木光男、同原与作の各供述記載、原審第九回公判調書中の証人竹内八十八の供述記載、原審第一〇回公判調書中の証人後藤軍治の供述記載、原裁判所の被告人鈴木六郎に対する第六回公判調書中の同被告人の供述記載部分(ただし謄本)、浦野藤一郎の検察官に対する昭和四二年三月二五日付供述調書謄本、当審証人伊藤あさ子、同内藤績の当公判廷における各供述、伊藤あさ子の検察官に対する供述調書ならびに押収にかかる合資会社吾妻家旅館の日計表一枚(証第六号)および料理飲食等消費税領収証一冊(証第七号)に照らしたやすく措信できず、他に前認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実関係に徴すれば、被告人が前記衆議院議員総選挙に際し、前記三浦享助から福井候補のための選挙運動を依頼され、その報酬として供与されるものであることを知りながら、昭和四二年一月一一日ごろ、前記吾妻家旅館において、現金五万円の供与を受けたことは明らかであり、被告人の原審および当審における弁解は、いずれもこれを採用するに由なく、前記公訴事実につき、これを認めるに足りる証拠がないとして無罪を言い渡した原判決は、結局証拠の取捨判断を誤り、ひいて事実を誤認したものというべきであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明白であるから、検察官の本論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条に則り、原判決を破棄しなければならないが、本件は原裁判所および当裁判所が取り調べた証拠によつて、直ちに判決することができるものと認めるから、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員総選挙に際し、愛知県第五区における選挙人であるところ、同区から立候補した福井勇の選挙運動者である三浦享助から、同年一月一一日ごろ、豊橋市松葉町三丁目七七番地吾妻家旅館において、右候補者のための選挙運動を依頼され、その報酬として供与されるものであることの情を知りながら、現金五万円の供与を受けたものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

法律に照らすと、被告人の判示所為は、公職選挙法第二二一条第一項第四号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その刑期範囲内において、被告人を懲役六月に処し、情状刑の執行を猶予するのを相当と認め、刑法第二五条第一項第一号に則り、この裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予し、公職選挙法第二二四条後段により、被告人から金五万円を追徴し、原審および当審における訴訟費用につき、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に従つて、全部これを被告人に負担させることとする。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

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